心に残った言葉・表現集

自分の中で良くも悪くも響いた言葉集

小説

夏の裁断/島本理生

「カエザルのものはカエザルに返せ、て知ってる?作家だから聖書くらい読んでるよね」 と言った。すぐには意味が分からなかった。 「どうせ時間も労力も費やすなら、せめて、本人に返そうか」 「どういう意味ですか?」 と堪りかねてきいた。彼は澱みなく答…

夏の裁断/島本理生

「母とは少なくとも日本人にとって『許してくれる』存在である。子供のどんな裏切り、子供のどんな非行にたいしても結局は涙をながしながら許してくれる存在である。そして裏切った子供の裏切りよりも、その苦しみを一緒に苦しんでくれる存在である。」(『…

夏の裁断/島本理生

大きな刃のついたレバーを持ち上げ、背表紙のところに合わせる。刹那、ふるえた。想像よりもずっと抵抗を手のひらに覚えながら、酔いに任せて引き落とす。 ざくり、と刃が沈んだ瞬間、下腹部から不本意な欲情にも似た熱が突き上げてきた。 仔猫や赤ん坊が可…

夏の裁断/島本理生

「そうじゃなくて。だって自炊って」 と言いかけて。しょせん母は向こう側の人なのだ、と実感した。自炊と聞いただけで生理的な嫌悪がまったく湧かないなんて、私には信じられなかった。 自炊ということは。 本を、切るのだ。 ばっさり裁断して、データとし…

運命の人はどこですか?/彩瀬まるのかなしい食べもの

意味が分からず、せめてなにか読み取れるものはないかと横顔を見つめる。灯は少し間を置いて、唇の端を柔らかく崩した。 「そうっと黙る感じが、透さんだね」 「そうかな」 「あなたほど、まじめに誰かの話を聞く人に、会ったことない」

運命の人はどこですか?/彩瀬まるのかなしい食べもの

「それでも俺は、これを、かなしい食べものだって思う。だからいつかお前が、どん底だけを信じるんでなく、他の、もっと幸せなものに確かさを感じて、このパンを食わずにやっていける日がくればいいって、願うよ」

運命の人はどこですか?/彩瀬まるのかなしい食べもの

灯は楽しそうにメリーゴーランドを見ている。コーヒーもココアもすっかり冷めてしまったけれど、二人を包む空気は薄手の毛布のように心地良い。こんな沈黙があるんだ、と胸で呟き、高嶋は灯の横顔を見直した。

運命の人はどこですか?/飛鳥井千砂の神様たちのいるところ

タベルナとはイタリア語で「居酒屋」という意味らしいが、ギリシャでは気軽に入れるレストランのことを、こう呼んでいるようだ。レストランなのに「タベルナ」だなんて。

恋の聖地: そこは、最後の恋に出会う場所。/瀧羽麻子のトキちゃん

「別に、ひっぱってかなくたっていいじゃないの」 と、祖母は言った。 「どんなに強く見えたって、好きにやってるように思えたって、誰だって動けなくなるときはあるもんだよ。そのときに、そばにいてあげられたらいいんだよ。それだけでだいぶ助かる」

恋の聖地: そこは、最後の恋に出会う場所。/三浦しをんの聖域の火

まださきになるかもしれないけれど、いつか私も、胸の火をだれかにそっと分けよう。そのひとが凍えることのないように。安心して夜道を行けるように。

恋の聖地: そこは、最後の恋に出会う場所。/三浦しをんの聖域の火

「『永遠』ということはありませんよ。ひとも動物も木も、いつか死ぬ」

恋の聖地: そこは、最後の恋に出会う場所。/窪美澄のたゆたうひかり

「夢……見てた」ぼんやりした声で言う。 「おまえ、白いワンピースよく来てただろ。小さなころ。母さんがミシンで縫った。それ着た小さなおまえがそこにいるのかと思った」 そう言いながら、私が来ているワンピースを指さす。水色の薄いストライプが入ってい…

恋の聖地: そこは、最後の恋に出会う場所。/千早茜のしらかんば

「でも、叔父さんが言ってましたよ。誰かに惚れるってことは馬鹿みたいなことだって。でも、僕は馬鹿みたいなことすらしたことがないので、少し羨ましいです」 「私はもうこんな馬鹿みたいなことはこりごり。でも、こりごりって思いながら、またどうせ誰か好…

恋の聖地: そこは、最後の恋に出会う場所。/大沼紀子のたわいもな祈り

「なんだか、よくわかんないけどさ。重い荷物を背負ったままでも、きっと大丈夫だよ。」

恋の聖地: そこは、最後の恋に出会う場所。/原田マハの幸福駅 二月一日

ゴトン、ゴトン、ゴトンゴトン、ゴトンゴトン。 屋根続きの小屋のような二両編成の列車が、次第に遠ざかる。列車はキャラメルの箱になり、ビー玉になり、やがて小さな小さな点になって、夏空の彼方に消えていった。