2018-06-08 夏の裁断/島本理生 中長編小説 会話文 小説 「カエザルのものはカエザルに返せ、て知ってる?作家だから聖書くらい読んでるよね」 と言った。すぐには意味が分からなかった。 「どうせ時間も労力も費やすなら、せめて、本人に返そうか」 「どういう意味ですか?」 と堪りかねてきいた。彼は澱みなく答えた。 「その柴田さんって、菅野さんにとって誰の代わりだと思う?」 続きを読む
2018-06-08 夏の裁断/島本理生 中長編小説 地の文 小説 「母とは少なくとも日本人にとって『許してくれる』存在である。子供のどんな裏切り、子供のどんな非行にたいしても結局は涙をながしながら許してくれる存在である。そして裏切った子供の裏切りよりも、その苦しみを一緒に苦しんでくれる存在である。」(『弱者の救い』傍点筆者)と。 続きを読む
2018-06-07 夏の裁断/島本理生 中長編小説 地の文 小説 大きな刃のついたレバーを持ち上げ、背表紙のところに合わせる。刹那、ふるえた。想像よりもずっと抵抗を手のひらに覚えながら、酔いに任せて引き落とす。 ざくり、と刃が沈んだ瞬間、下腹部から不本意な欲情にも似た熱が突き上げてきた。 仔猫や赤ん坊が可愛すぎていじめたくなるときのねじれた愛情に全身の血が沸き立った。 続きを読む
2018-06-07 夏の裁断/島本理生 会話文 地の文 小説 中長編小説 「そうじゃなくて。だって自炊って」 と言いかけて。しょせん母は向こう側の人なのだ、と実感した。自炊と聞いただけで生理的な嫌悪がまったく湧かないなんて、私には信じられなかった。 自炊ということは。 本を、切るのだ。 ばっさり裁断して、データとしてパソコンに取り込んだ後は、大量のゴミとして捨てる。 続きを読む
2018-02-13 運命の人はどこですか?/彩瀬まるのかなしい食べもの 小説 短編小説 地の文 会話文 意味が分からず、せめてなにか読み取れるものはないかと横顔を見つめる。灯は少し間を置いて、唇の端を柔らかく崩した。 「そうっと黙る感じが、透さんだね」 「そうかな」 「あなたほど、まじめに誰かの話を聞く人に、会ったことない」 続きを読む
2018-02-13 運命の人はどこですか?/彩瀬まるのかなしい食べもの 小説 短編小説 会話文 「それでも俺は、これを、かなしい食べものだって思う。だからいつかお前が、どん底だけを信じるんでなく、他の、もっと幸せなものに確かさを感じて、このパンを食わずにやっていける日がくればいいって、願うよ」 続きを読む
2018-02-11 運命の人はどこですか?/彩瀬まるのかなしい食べもの 小説 短編小説 地の文 灯は楽しそうにメリーゴーランドを見ている。コーヒーもココアもすっかり冷めてしまったけれど、二人を包む空気は薄手の毛布のように心地良い。こんな沈黙があるんだ、と胸で呟き、高嶋は灯の横顔を見直した。 続きを読む